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06 保護者

堤 嘉子さん

Yoshiko Tsutsumi

シーダひのき工房 保護者様

聖坂豊かな福祉をつくる会元会長

堤 嘉子さん

「子供の名前を呼んで、温かく出迎えてくれた先生方の姿に感動。」

「堤さんは大変だから、行事には出てこなくていいわよ」。就学前に子供が通っていた公立の施設で、先生にそう言われた時、とても傷つきました。先生は、子供を背負ってくる私の苦労を気遣って言ってくださったのだと思うのですが……。当時の私にはそう思えず、信頼関係は失われました。そこで、小学校は公立ではなく、私立を探していたところ、知人から紹介されたのが聖坂養護学校でした。最初に子供とともに聖坂養護学校を訪れた時のことは忘れられません。車を下りたとたん、二人の先生が両手を広げて、名前を呼んで、出迎えてくれたのです。それまで世の中の冷たい視線を感じてきた私の心はその温かい対応に揺さぶられ、思わず涙が溢れました。

堤嘉子さん1

「感謝しているのは、親も子供も大きく成長させてもらったこと。」

聖坂の先生方は一人一人の子供の障がいをよく勉強して理解し受容し、子供を成長させてくれます。家庭ではわがままな子供の態度が先生たちの前では変わったのを見てそう実感しました。同時に、「家庭で甘やかしていたら、聖坂の先生方の努力が何にもならない。私が変わらなくては、子供も成長できない」と思いました。さらに、先生に気付かされたのが、子供の長所です。私は子供が積極的に人に関わっていくのがあまり好きではなかったのですが、先生は「それがいい部分。ムードメーカーですよ」と。それまで私は子供のネガティブな部分しか見ていなくて、良い部分が見えていなかったのです。私は聖坂の先生方と関わる中で、子供を理解し受容していけるようになりました。聖坂に出会ってなかったら、どうなっていたことか……。聖坂に親も子供も成長させてもらったと今も感謝しています。

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「聖坂との良い出会いの中で実現した作業所の設立。」

聖坂養護学校卒業後の子供の行き先がなく不安。それは、お母さんたち共通の悩みでした。私が、卒業後、働くことのできる作業所をつくろうと思い立ったのは、自分の子供が小学校6年の時。聖坂養護学校の理事長にそれを話すと、「お手伝いしますよ」と力強く言ってくださいました。その言葉に勇気を得て、他のお母さんたちと「聖坂豊かな福祉をつくる会(つくる会)」を発足しました。正直に言えば、当初は自分の子供の行き先ができればいいという考えでした。しかし、会の活動を進めるうちに、そんな小さな考えでは、作業所は設立できないし、また、広く社会が変わっていかないと、自分の子供も幸せにならないと思うようになりました。その後、作業所を一つひとつ設立していくこができたのは、聖坂という母体があったからこそであり、つくる会だけでは到底実現できなかったと思っています。現在、私の子供は毎日、シーダひのき工房に楽しく通っています。聖坂との良い出会いがあったから、今の私と子供があると思っていますし、これからも聖坂に対する信頼は揺るぐことはありません。

Q&A
  • 聖坂の好きなところは?

    先生方が皆、聖坂の理念をよく理解し、障がいを持つ子供たちの幸せを常に追求していること。それが、聖坂への信頼の源となっています。

  • あなたにとって聖坂とは?

    マイナス志向だった私を明るくポジティブに変えてくれて、また、つくる会の活動を通して、広く社会に貢献する大きな心を育ててくれた存在です。

  • 未来のスタッフに向けた
    メッセージ

    聖坂のスタッフの皆さんは、常に明るい表情で挨拶して私たちを迎えてくれます。そんな素晴らしい姿勢を受け継いでほしいです。